ぶらり たまいびび

おさんぽ番組

〝普通〟じゃないこと

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 本を読みますか?

 一冊の本を読み終えるのに、どれくらいの時間をかけるだろう?

 わたしは、「自分で本を書きたい」だなんて思いながらも、

 本を〝読む〟スキルに乏しく、

 ひどいときは

 1ヶ月に1冊

 読めるか読めないかくらいのペース。

 

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 大体

 上の写真くらいになってきたら

 ワクワクしてきて(遅いな)

 ガーッと読みちぎる行為に出るのだが

 それまでは

 全くエンジンがかからず

 脳みそまで言葉が響いてこないから

 一字一字を

 タイピングしてみたり

 原稿用紙に書き写したりして

 読むことが多い

 

 だから

 時間がかかる

 

 でも

 まぁ

 一冊の本を書き上げるのに

 相当な時間がかかるっていうのは

 書き写していてもよくわかるし

 実際に自分で書いてみても(できの善し悪しはともかく…)

 あー

 時間かかってんなー

 ほとほと

 バカみたいな作業だな

 と思う。

 

 毎日、思う。

 

 その裏返しに

 文章を書く人に対する

 リスペクトがあるとも思う。

 書くことは奥が深い。

 

〝普通〟じゃない

 掃除をしていたら

 10年くらい前に買った

『ニーチェの言葉』

 が出て来た。

 たしか、流行ったと思う(わたしは流行に疎いから、後から知ったけれど)

 

 それを

 読み返してみたら

 いろんなところに

 謎の線が引いてあったりして

 結構 

 おもしろかったのだけれど

 あー

 なんだか

 普通の人が普通を保ちつつも非凡になるためには

 どうすればいいのか

 みたいなことが延々と書かれていた

 

 普通の人が普通を保ちつつも非凡でありたい

 だなんて

 なんて難しい課題なんだ

 

 少なくとも

 そういう者に

 人々は憧れていて

 このような本を手に取るのだし

 過去のわたしも

 このような本に線まで引いて大切に読んでいた

 

 でも

 ここに書いてあることって

 大抵

 誰にとっても

 うん

 難しい

 

 皆

「普通」や「常識」にあてはまろうとして「安心」を得たがるものだし

 その「安心」感に浸っていると

「慢心」につながるみたいなことも書かれている

 

 なんだか

 あのとき

「ふむふむ」「なるほど」「やってみよう」

 とこのような本を読んで上向いていた自分に尋ねてみたくなった

 

 本当にこの本の言っていることができるの?

 それでいて普通でありたいの?

 

 総じて

 〝普通〟ってなんなの?

 

 置かれた状況を楽しめ

 スマホのアラームが鳴った 

 爆音

 あの音だ

 緊急地震速報の音

 わたしはスマホを手に取ろうとした

 しかし私の両腕は枕元にあるスマホに届かなかった

 目線がどんどん揺れていく

 床と天井があたかも引っ付いてしまうかのように振動していく

 しかし

 わたしは動けなかった

 手には手枷、足には足枷、首と体感も鎖でつながれていた

 鳴り続けるアラーム音と千切れていく視界がうるさくなり

 涙を堪えて目を見開く

 

 すべて夢だった

 

 でもそれは

 夢のようで夢でないこと

 つまり

 体験したことが綯交ぜとなって

 フラッシュバックしてきたのだ

 

 地震や拘束の体験は

 自分にとって

 予想以上のストレスを与えていたようだ

 

 10年前

『ニーチェの言葉』

 を読んだ私が

 このような〝普通〟を予測できただろうか

 

 わたしは

 そのフラッシュバックのあと

 安心したのか

 笑顔で涙したのを覚えている

 

 それから

 眠気がひどくなって

 よく眠るようになったのだけれど

 あのような夢は二度も見ていないし

 あまりにも眠り過ぎて

 時間がもったいないとも思わず

 過眠に伴う

 頭痛や夜間の不眠に悩まされることもないので

 必要な睡眠であるとわりきっている

 

 好機でなくとも

 人は動かなければならないときがある

 それでも

 わたしは

 好機が来なければ動けない情けない人物だ

 

 しかし

 この

 ONとOFFの切り替えスイッチが

 自然と身体に染み付いてきているのがわかる

 

 ときには

 フラッシュバックのような

 厳しい

 幻覚か現実かもわからぬ状況に陥ってでも

 身体はわたしを制御しているのかもしれない

 

 それでも

 いまはこれでいい

 

 これでいて

 楽しく過ごしている方だ

 

 誰かを一瞬だけでも幸せにしたい

 Twitterである企画をやろうと決めて

 頓挫しているものがあるのだけれど

 マイペースにやっている。

 それこそ

 亀のような歩みで。

(いや、亀は歩みこそ遅いけれど、泳ぎはなかなかのものだ)

 それは

 フォロワーの似顔絵を描いて

 1枚絵にして一つの作品にすること。

 誰のためにやっているのか

 わからなくなることもあるけれど

(なにしろ、会ったこともない相手だもの)

 それでも

 どこかにその人がいると信じて

 イラストにしている。

 

 描いているときは

 無心になれる

 輪郭をなぞるたび

 この人はどんな人だろうか

 喜んでくれるだろうかと

 緊張感が走る

 

 今は

 何かができそうで

 できない

 歯がゆい季節

 

 小さなことでも

 誰かを一つ

 幸せにできたら

 

 自分のことばかり憂うのではなく

 あなたのことも

 心配できる

 余裕が欲しいな

 

 あはは

 それは

 ちょっと

 欲張りかな

 

 なんだか

 こういう感じって

 普通だな

 

 現場で会おうZ!!!!!

 

 たまいびび